Born on a Baseball Planet
アメリカ独立リーグを辞退した理由。今季はメキシコサマーリーグとスイスリーグでプレーします The Reason Not Playing For Indyball

2月からはじまった4ヶ月の長いシーズンオフを終え、ぼくはいま、昨年も同じ日に来たボルティモア・ワシントン国際空港からこのブログを書いています。

 

オフのあいだに日本で会った友人・知人には今年もアメリカ独立リーグのエンパイアリーグでプレーする予定だと伝えていましたが、シーズン開幕の直前になってそれを辞退。予定を変更して、メキシコのサマーリーグとスイスリーグでプレーすることにしました。

 

このブログでは、その経緯をお伝えしたいと思います。

 

 

 

 1. ヨーロッパの可能性 Possibility of Europe

 

 

そもそもの始まりは2月の終わり。昨年のエンパイアリーグでのシーズンが終わった直後から、翌年もこのリーグでプレーする予定でいたところ(【アメリカ独立リーグ挑戦記】2018エンパイアリーグシーズンを終えてのリーグからの評価 Assessment in Empire League)、それを変更すべき事態が発生します。かつてスイスでプレーする際に仲良くなった友人のアンドレア(海外野球チームと自分で契約交渉する方法と、ヨーロッパに到着したぼくにチームメイトが言った言葉)から、1本のメールを受け取ったのです。そのメールにはこう書かれていました。

 

「ヨーロッパのある国で、ぼくのよく知るクラブが経営破綻したので友人とその経営権を手に入れようと思っている。もしそうなったら、それほど良い環境は用意できないかもしれないが一緒にシーズンをプレーしないか?」

 

ぼくは野球さえハイレベルなリーグであれば環境や契約内容にはあまり関心がないタイプなので、二つ返事で了承。この話の進捗を待つことになりました。アンドレアはクラブに対して、どうやってクラブを再生するかというアイデアを提案。そのアイデアの中には、ぼくとの契約も含まれていました。我々は20人近いメンバーで仮のロースターを組み、ニュースは我々のことをボランティアチームと呼んで報道しました。その中には、かつて日本プロ野球NPBのオリックスでプレーしたピッチャーなども含まれていました。

 

 

 

しかし話は思うように進みませんでした。まず前のオーナーが、アンドレアではなく別の候補者に経営権を譲り渡すことを決定。アンドレアは依然トップチームのマネージメントに力を貸したいという提案を続け、セリエAにトップチームを持ち続けることはキッズをはじめ全てのクラブメンバーにとって意義深いことだと主張し続けましたが、ついには代わった新オーナーが今季のリーグ戦に参加しないことを表明。この可能性の終結となってしまいました。

 

アンドレアから最初のオファーを受け取ってから、およそ1ヶ月。仮のロースターは解散し、全てのメンバーがその時点から今季プレーするチームを探さなければならなくなりました。時期はすでに3月となっており、多くのメンバーは地元のクラブやその国の2部リーグのクラブでプレーするつもりのようでした。

 

 

 

 2. アメリカの可能性 Possibility of USA

 

 

とはいえ、ぼくにはこのオファーが届く前からのそもそものプランがありました。アメリカ独立リーグのエンパイアリーグでプレーすることです。このクラブでプレーできなくなったのは残念でしたが、気持ちを切り替えて急遽もう翌週末に迫っていた日本でのトライアウト(アメリカ独立リーグのエンパイアリーグが日本でトライアウトを開催します Empire League Tryout 2019 in Japan)への参加連絡を行ないました。そしてトライアウトから1週間後の3月16日、無事に合格連絡を受け取ったのです(【アメリカ独立リーグ挑戦記2年目】2019年エンパイアリーグ関東トライアウトレポートと合格発表)。

 

ここまでが前回までのお話でした。しかし、事態はここからさらに思わぬ方向へと向かうことになります。

 

 

 

今回エンパイアリーグでプレーしようと思ったのには、エンパイアリーグでプレーすること以上の目的がありました。それは、よりハイレベルなリーグへと昇格を果たすことでした。

 

アメリカンベースボールのピラビッドは巨大で、頂点のメジャーリーグに30球団(日本は12球団)、その各クラブに配下のマイナーリーグがおよそ8軍まで(日本は2軍まで、ジャイアンツとソフトバンクのみ3軍まで)、そしてそのメジャーリーグ組織から独立して運営される独立リーグが年によりますが8~10リーグほど存在します(日本は3リーグ)。ここまで全てがいわゆる”プロ野球”リーグで、さらにこの下にセミプロリーグやカレッジリーグ、日本の草野球にあたるサンデーリーグなどが無数に存在します(このカテゴリは日本でも無数に存在すると言ってよいと思いますが)。

 

独立リーグの中でも、特に上位に位置する4つのリーグ、アトランティックリーグ、アメリカンアソシエーションリーグ、キャンナムリーグ、フロンティアリーグはハイヤーリーグと呼ばれ、それ以下の独立リーグでプレーする選手たちにとって、まず独立リーグの中でもハイレベルなこれらのリーグへ移籍することが目標になります。そうでなければ、いきなりマイナー契約やメジャー契約を勝ち取るというのは不可能ではありませんが滅多にないことだからです。

 

 

 

ぼくの今回の目的も、この4つのいづれかのリーグに昇格することでした。しかしそれには日本人にとって大きな障壁が存在します。ビザの壁です。

 

メジャーリーグ傘下の球団となれば話は別ですが、ここは球団経営もリーグ運営も不安定な独立リーグ。外国人選手のためにビザを出してもらうこと、そのために費用と人員を割いてもらうというのは本当に大変なことなのです。例えば日本人が毎年多く参加するカリフォルニアウィンターリーグなどでも、独立リーグ球団との契約を勝ち取ってもビザが取得できずに渡米できないというケースが頻繁に起こります。それだけ、自分がビザを出す価値のある選手だと認めさせるというのは難しいことなのです。

 

ですから、海外で一定以上のレベルでのプレー経験がある選手たちが口を揃えて言うことがあります。「ビザがあるなら来ていいよ」と言われることと「ビザを出してあげるから来てくれ」と言われることの間には大きな差がある、ということです。

 

 

 

そこでぼくが考えたのは、上位のリーグに昇格するときに必要になるビザをすでに渡米前に取得してからシーズンインするという方法でした。リーグ運営にも確認し、”上手く行くかもしれない。もしそうなれば今後の選手のためのロールモデルになる”と言われました。この方法には勝算がある、そう感じていました。

 

しかし5月7日。移民局から届いたのは、ビザ申請が棄却されたことを知らせるメールでした。

 

そこには、ぼくの提出書類に含まれていた小さなミスと、それにより一旦申請が棄却されたこと、そして完全な書類を審査して不適格と判断された訳ではないので再申請すれば発給される可能性があることが書かれていました。しかし渡米予定日は、もうちょうど1ヶ月後の6月8日。今回審査プロセスの中間地点ですでに1ヶ月が掛かりましたから、もう一度申請したとして出発日までにプロセスを完了できないことは明白でした。

 

手を尽くして調べましたが、諦める他ありませんでした。

 

 

 

 3. メキシコの可能性 Possibility of Mexico

 

 

 

上位のリーグにステップアップするためのビザの取得を諦めて数日間は、それでもアメリカでプレーするんだ。今度は実力でビザを出すに足る選手だと認めさせるんだと意気込んでいました。しかし、本当にそれでいいのか?と考えるようになりました。

 

あと何年、こうしたかたちで野球が続けられるかわかりません。たった1%でも多く、ハイレベルなリーグに手が届く可能性のあるリーグ。それには、ぼくのことを最も高く評価している国に行くのが最善だと思いました。

 

その国は、メキシコです。

 

 

 

調べてみると、昨冬プレーしたユカタン州で2つのサマーリーグが開催されているという情報を入手。さらに詳しく調査を進めると、1つのリーグは2年前にはシーズン中にトップリーグであるメキシカンリーグへの昇格を果たし、そのオフにシカゴ・カブスとマイナー契約を交わしたピッチャーがいたそうですが、現在は当時のレベルを保っているとは言えないという情報が。

 

しかし、もう一方のリーグは現在も高いレベルを保持しており、冬のリーガメリダーナでぼくのチームメイトやライバルとして戦った選手たちのうち、この夏メキシカンリーグと契約できなかった選手たちが数多くプレーしているようでした。

 

 

 

ただし、ひとつだけ問題がありました。

 

どうやらメキシコでは、独立リーグ以下のサマーリーグやローカルリーグなどは年間3シーズン制となっているようで、ちょうど2週間後には春のリーグがプレーオフを迎えシーズン終了。夏のリーグの開幕は、1ヶ月のオフ期間を挟んで7月半ばとなるようでした。

 

つまり、すでに取ってある6月8日の飛行機で日本からアメリカへ、アメリカからメキシコへと渡ると、およそ1ヶ月のあいだ野球をプレーすることなくただ過ごさなければなりません。そればかりか、本来、日本のパスポートでメキシコへ渡航すれば180日間の滞在が可能ですが、アメリカを経由して到着した場合、

 

180-90(アメリカに90日以内の滞在)=90

 

という計算で、90日間しか滞在できなくなってしまうようです。ですから、メキシコでサマーリーグをフルシーズンの9月いっぱいまでプレーするためには、少なくとも6月中はメキシコの外にいなければならないという状況が判明しました。

 

 

 

 4. 再びヨーロッパの可能性 Possibility of Europe again

 

 

ここで7月半ばまでの約1ヶ月間を、アメリカでエンパイアリーグをプレーして過ごすという案もありました。しかし、ぼくにとってのアメリカ独立リーグは、単なる時間稼ぎとして使いたい存在ではありませんでした。あのヒリヒリとした緊張感は、その一瞬に全てを賭ける覚悟がなければ生き残れる世界ではないと昨年体感していたからです。

 

またそれとは別に、ぼくにはもし時間が許すならもう一度プレーしたいと焦がれていた国がありました。さらにその国は、かつてメキシコと並んで素晴らしいシーズンを過ごし、ぼくを今でも高く評価してくれている国でもありました。

 

それは、スイスです。

 

 

 

2016年にスイスでのシーズンを外国人選手として共に過ごしたテイラー(【スイス旅行記】バーゼルの街中で日本人とアメリカ人がばったり会った話)に連絡を取ると、すぐにクラブのプレジデントに話してくれました。それからわずか3日。残りのフルシーズンでも、1ヶ月だけでも、お前のいられるだけ来てプレーしてくれという返事をもらいました。

 

テイラーは7月6日にスイスでできた婚約者との結婚式を控えており、俺の結婚式に参加できるのか?!ととても喜んでくれました。

 

先週の水曜日、6月5日。出発の3日前のことでした。

 

 

まとめ

 

実はこれ以外にも、スイスの別のチームからオファーがあったり、カナダの可能性も検討したりと、さらに紆余曲折のあったプレー先の決定でしたが、これ以上書くともう訳が分からなくなってしまいそうなのでこの辺にしておきます。

 

では、はじめに戻って、どうしてこれからスイスでプレーするのに、日本からは反対方向であるアメリカ、ボルティモア・ワシントン国際空港にいるのかというと、これにはとても深い訳があるのです。

 

その訳は、次のブログでまたお話ししようと思います。

 

 

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