【米独立エンパイアリーグ挑戦記録】トライアウトキャンプ編の最終回です。今日はトライアウト最終日。すべての選手にとって生き残りをかけた最後のアピールです。となるはずが、そこはさすが海外野球。一筋縄では行きませんでした。
最終日独特の哀愁と、海外野球トライアウトとはなんだったのか?合格につながるポイントはどこだったのか?といったことを綴って行きたいと思います。
朝です。炭水化物モーニングももう最後だと思うと名残惜しく感じます。
キャンプ最終日は、前日までと同様に試合形式のトライアウトです。全選手が出場して最後のアピールを行い、そこへメジャーリーグや上のクラスの独立リーグからスカウトが観に来てくれると聞いていました。
ところが、朝食後のミーティングで連絡されたのは、初日に行ったトライアウトと同様、全員がひとつのフィールドに集まってキャッチャーのポップタイム(セカンド送球)の計測や外野手のバックサード、バックホーム送球、さらに内野手のゴロ捕球に加え、全投手対全打者の一打席対決を行うとのこと。そして、サンディエゴ・パドレスのチーフスカウトが来てくれているということが紹介されました。
この時点で全ての参加選手が気づいたはずです。このキャンプ最終日は、トライアウト合格のためのアピールの場ではなく、メジャーのスカウトに対するアピールの場に変わったのだと。
考えてみれば当然です。リーグとしてはそこで合格ボーダーライン上の選手を正確に合否判定したところでほとんど得にはなりませんが、ひとりでもマイナー契約を掴んだとなれば大きな実績です。そもそも選手にとってもここに来た理由はマイナー契約を掴んだりそこへ這い上がるためのステップにすることですから、それを最優先するのは当たり前のことでしょう。アメリカの野球とは、まずビジネス。この前提を忘れなければ、人間教育などを掲げる日本の野球よりとても理解しやすいと思います。
キャッチャーのポップタイム計測が終わって(1週間のキャンプの疲れからか、2.00秒を切った選手は1人か2人しかいませんでした)、内野ノック、外野ノックが終わると、もう選手たちにはほとんどできることは残されていませんでした。ピッチャーはまだ打者に対するピッチングを見せる機会が残っていますし、リーグの目玉のひとりでもある佐野川リョウ投手などはもう1人分投げるようにと指示されたりもしていましたが、バッターが1打席で「おっ!」と思わせるのはなかなか難しいものです。
特にぼくらニューヨーク・バックスは、一打席対決がはじまって序盤で打者全員が打ち終わってしまったのでなおさらでした。昨日の合同トライアウトに呼ばれなかった、つまり当確と言える選手が17人。残るロースター枠はあと3人でしたが、手薄だった内野に別のチームからショートの選手を獲得したりと、合格枠はさらに少なくなっていました。
監督もみんながアピールをしてくれていいチームだと思っている。そういった選手たちをふるいにかけるようなことはしたくないが、それがぼくの仕事だ。わかってくれ。と何度も強調していました。また、彼にできるのは開幕ロースターを案としてリーグに提出するところまで、最終的にそれを承認したり修正するのは上に2人いるぼくのボスだとも話していました。
この時点で、トライアウト合格が難しかった選手、比較的可能性が高かった選手の条件を整理しておきたいと思います。
○トライアウト合格が難しかった選手
1. 外野手
2. 一塁手
3. 二塁手
4. 肩の弱い選手
5. 痛いところのある選手
外野手は人数が多過ぎました。その中で生き残った菅原祥太選手はさすがです。一塁手は、一塁とDHでしか出場機会がありませんから、一番いいバッターである1人だけが合格、あとは不合格となるでしょう。二塁手はわざわざ取る必要はなく、ショートの選手を2人とって良くない方をセカンドとして使えば良いと考えられがちですから、両方できるならできればショートでアピールしたいところです。また、守備が悪かったり送球が不安定なものは練習で克服可能ですが、肩が弱い選手を1シーズンの間に改善するのは難しいという考え方から、肩の弱い選手も敬遠されがちです。日本とは違い、送球は正確性よりも強さ、速さです。また、正直に言えと言われつつも、どこか痛いところのある選手は結局ロースターには入れませんでした。たった20人しか取れないロースター枠に、痛くてプレーできない可能性のある選手を入れる余裕はないのでしょう。
○トライアウト合格が比較的容易だった選手
1. 捕手
2. 投手
3. 特に球速の速い投手
4. NPBやマイナーリーグなど過去にキャリアのある選手
以前にも記したように、キャッチャーの倍率はこのキャンプ1低く、肩の弱かった数人が不合格となったのみでした。投手も多くが合格となりましたが、受験人数も多いポジション。その中で合格したのは、ナックルボーラーなど特殊な投手を除けば球の速い投手でした。これはシーズンに入ってから聞いたことですが、上のリーグからのコールアップの対象としてまず聞かれるのは「何マイルのファストボールが投げられるか?」次に「ストライクが投げられるか?」だそうですから、まず大事なのは球速です。また、元千葉ロッテマリーンズの菅原祥太選手以外にもサンフランシスコ・ジャイアンツやカンザスシティ・ロイヤルズなど様々なオーガニゼーションの元マイナーリーガーが参加しており、それらはやはり大きな実績や評価として獲得に繋がりやすかったです。
一打席対決で自分の打つ順番や守備の順番を待ってダグアウトに座っていると、キャンプ中によく会って言葉を交わした選手たちが入れ替わり立ち替わりやってきては、Facebookを交換しようと聞いてきてくれました。何人かとそういったやり取りがあったあとに気付いたのですが、彼らは恐らくロースター入りが厳しい選手たちでした。チームに残る選手たちとはこれからいくらでもそのチャンスはありますが、そうでない選手とはもうその機会はないからです。
ひとりひとりといいキャンプだったね、また会おうと握手やハグをして、ネットワークが繋がっていないiPhoneに10何人もの名前をメモして、その合間にひとりずつ終えていく最終トライアウトの一打席対決を見つめていました。いい選手だと思った選手もたくさん含まれていました。
今になって思えば、合格のポイントは何だったのでしょうか?ポジション戦略ももちろんその1つですが、1番のポイントは「早めのアピール」これに尽きると思います。
キャンプ初日の計測日。そこでのアピールによって監督たちの中でのチーム構想は既にスタートしており、それがドラフトの順位に反映されていました。そして2日目の初実戦。ここで実際にドラフト上位指名した選手の感触を確かめ、下位指名ながら運良く拾ったいい選手がいないかも見ているはずです。ここまでで、恐らくロースターの8割ほどは固まっていたのではないでしょうか。ぼくら人数の少ないキャッチャーを囲い込むために、その翌日には合格を言い渡したのがそのひとつの証拠だと思います。
ここでまだ余裕を持ってウォーミングアップのつもりでいたり、最終日に照準を合わせるつもりで痛いからといってプレーしなかった選手は全員が落ちました。あるいは、昨年もプレーしたなどの理由でそもそも合格に自信を持っており、シーズンに照準を合わせるつもりでいたレベルの選手は合格したと思います。
つまりは、勝負所のきちんとわかっている選手たちです。これは1試合の中で、あるいはシーズン、野球人生全体を見ても大切な能力だと思います。勝負所を見極める、そこに全精力をぶつける。ここまで長くなりましたが、合格のための1番の能力はもしかしたらそれだったのかも知れません。
そんなことを考えていると、オールド・オーチャード・ビーチ・サージというチームでプレーするニックが、合格おめでとう!と言って声をかけて来ました。まだ確実じゃないよ、と返事をすると、リーグのウェブページにアップされている開幕ロースターでお前の名前見たよ。Takeru Soritaだろ?と言って画面を見せてくれました。井神力投手の名前もあります。正式な合格の瞬間です。ありがとう!と言ってニックはほっぽって井神投手のところに駆け出しましたが、問題ありません。彼も開幕ロースター入りしたはずなので、シーズンでまた会えるでしょう。
井神投手と2人で喜びを分かち合っていると、さっそくミーティングがあるとのことで運営室の前へ。そこには既に合格者=チームメイトたちが集まっていました。ニューヨーク・バックスの帽子を渡され、ユニフォームを羽織ってリーグプロフィール用の写真を撮られます。もうすっかりチームの一員。リーグ副代表のジェリーからは、キャンプを乗り切ってチームに残ったことに対しておめでとうと、ここからは楽しいパートだから存分に楽しんでプレーして欲しい。君たちはその権利を掴んだんだということを伝えられました。
さて、喜びも束の間、ぼくたちはすぐ翌日にはなんとプエルトリコへ向けて飛び立つことになりました。
プエルトリコがアメリカ合衆国の一部だと知らなかった読者の方も多いと思いますが、ぼくも知ったのは前回のWBCを観たとき。まさか自分がその国に行って、しかもそこで野球をプレーすることになるとは想像もしていませんでした。
海外野球トライアウトの例として紹介できればと思ってはじめたシリーズでしたが、ここからも週ごと、カードごとにアメリカ独立リーグでのシーズン中の様子を伝えるためにシリーズ【米独立エンパイアリーグ挑戦記録】を続けたいと思います。次回からはプエルトリコ編です。
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